なぜ写真を撮るのかを散歩しながら考えてみた
最近思うのは、ぼくにとって写真というのは不思議な趣味だということです。
写真を撮り始めたのは15歳の頃だから、ずいぶんと長く続いている趣味の一つです。
コンテストに応募して賞を取りたいとか、個展を開きたいとかはぜんぜんなくて、ただただ撮るのが好きだったりします。
WEBサイトやブログに載せることもあるし、たまに仕事でも撮ったりすることもあるけれど、デジタルで撮影した99%以上のデータは何台ものHDDの中にあります。デジタル以前から撮りためてきたネガやポジフィルムも箱に入れてクローゼットの奥にしまったままです。
デジタルフォトに関しては、この先ただただ増えていくばかりなので、あとどれだけの外付けHDDが必要なのかと考えると気が遠くなりそうです。
この先も写真は撮り続けていくと思うんですけど、ふと、なんのために撮るんだろうなと考えることがあります。
で、たどり着いたのが、僕は記憶と記録のマッチングを楽しんでいるんだということ。
あまり人に見せようと思わないのは、他の人に写真を見せても記憶と記録はマッチングすることはないからなのかもしれません。
よくよく考えてみれば、シャッターボタンを押す時には、その時に考えていることや感じていることを被写体を通して写真にこめているんですよね。
不安な時には泣きそうになりながらシャッターボタンを押すこともあるし、気持ちが安定している時には、日々のおかしみや楽しみを切り取りたいなと思いながら日常を見てたりもします。
こうして、考えたり感じたことを写真におさめたいって思ってるんだなぁと。
ぼくは1回あたりの撮影枚数はそんなに多くないんです。大容量のメモリカードもかなり持て余しています。
もちろん、その場で感じた美しさで思わずシャッターを切ることもあるけれど、そういう写真は後から見てもきれいな写真以外の意味をもたないのです。
何人かのお気に入りのフォトグラファーの写真集を持っていますが、正直、その写真を撮った時にその人が何を思ってシャッターを切ったのかはわかりません。撮った本人にしかわからない。
それでも、きっとこういう気持ちだったんだろうなぁとなんて想像しながらページをめくるのが楽しいんですよね。
映像ではなく、たった一枚の写真でその前後のストーリーが感じられたり、気持ちを想像してみたりって、なんかこれはすごく楽しいことだぞと。
散歩しながらそんなことを考えていたら、今年やりたいことがまた一つ増えてしまったのでした。
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